2019年の伊藤翔が止まらない。鹿島アントラーズ移籍後6試合7ゴール。まるでずっと前からこのチームにいたかのようなプレーぶりに驚いた方も多いのではないか。
今回のコラムは、伊藤翔に見るサッカー選手の「アップデート」の大切さについて書きたい。
伊藤翔2.0
私は今年の伊藤翔を2.0と表現したい。「伊藤翔2.0」とはどういうことか。伊藤翔は、少しずつマイナーアップデートを繰り返してきた選手だと思う。スマートフォンでアプリを持っている人ならピンとくるだろう。マイナーアップデートとは、「バグの修正」などの細かいバージョンアップを指す。
「アップデート」や「バージョンアップ」はソフトウェアの改良に使われる言葉だが、私は人間やサッカー選手にも「アップデート」が存在すると思っている。
伊藤翔に例えるならば、
身体能力や元々の技術を中心に戦っていたのが「伊藤翔1.0」。
チームへの献身性を覚えたのが「伊藤翔1.1」
ボールの呼び込み方を覚えたのが「伊藤翔1.2」
ゴール前の駆け引きを覚えたのが「伊藤翔1.3」
ポストプレーを覚えたのが「伊藤翔1.4」
シュート技術を体得したのが「伊藤翔1.5」
そして今年、彼の力を解き放てるチームメイトと出会って「伊藤翔2.0」へ。
プロサッカー選手になった瞬間を「伊藤翔1.0」とした時、彼は少しずつマイナーアップデート(バージョンアップ)を繰り返し、ようやく今年メジャーアップデートをし、「伊藤翔2.0」となった。
勿論これはあくまで私の見立ての話で、実際の伊藤翔の「マイナーアップデート」がどの段階で行われたのか、私は知らない。しかし、伊藤翔が少しずつ、確実に成長してきた選手であることは数字を見てもプレーを見ても明らかだ。
マイナーアップデートは「仮説・検証」の繰り返しの末にある
私は伊藤翔という選手を尊敬している。
それは、彼のプレーを見ていれば「努力をしてきた事」が分かるし、「改善を繰り返してきた事」が分かるからだ。
私は「仮説・検証」という言葉が好きなので、この言葉を使わせてもらう。PDCAやOODA、Build-Measure-Learnの方がピンとくる人はそれでもいい。
- 「チームを勝たせられる選手になろう」という目的から、自分の足りない所や伸ばしたい所を洗い出す。
- 仮説を立てる。「ゴール前のクロスに入る時は○○のように動けば良いのではないか?」
- 実際に試合で検証する。失敗する。
- 失敗したら仮説が間違えていた事になるので、要因を分析し、今度は仮説2を立てる。
- 仮説2が成功する。その技術を習得する。
この「仮説・検証」の繰り返しの末に、ようやく「マイナーアップデート」が待っている。
そして「マイナーアップデート」の繰り返しの末に、「メジャーアップデート」が待っている。
メジャーアップデートへのスキップは出来ない
伊藤翔は、鹿島に来ていきなり「伊藤翔2.0」に飛躍したわけではない。彼が20代の頃に積み重ねた「仮説・検証」と、その結果としてのマイナーアップデートの繰り返しによって、「伊藤翔2.0」になれたのではないだろうか。
人はいきなりメジャーアップデートをすることは出来ない。
これはサッカー選手だけの話ではないだろう。会社員も同じだし、お笑い芸人もYouTuberも同じだ。少しずつ積み重ねる「マイナーアップデート」を怠った人は、大舞台で成功する確率が低い。もちろん「まぐれ」で成功することもあるだろう。しかしその成功は長くは続かない。
継続的に成功を掴み取るためには、少しずつアップデートを繰り返すしかないのだ。
それは34歳にして未だ世界のトップを走る、クリスチアーノ・ロナウドが身をもって証明してきた事でもある。
メジャーアップデートの瞬間は突然やってくる
ソフトウェアのメジャーアップデートとサッカー選手のメジャーアップデート、決定的に違うのは「サッカー選手はメジャーアップデートのチャンスが突然やってくる」という事だ。ソフトウェアは開発者がバージョンアップさせようと思ってバージョンアップさせるが、サッカー選手は違う。
自分の望んだタイミングでメジャーアップデートのチャンスはやって来ない。
ワールドカップ優勝を決める決勝戦かもしれないし、ACL本戦出場をかけたプレーオフかもしれない。
伊藤翔の場合は、ACL本戦出場をかけたプレーオフであり、前年度Jリーグ王者・川崎フロンターレとの試合だった。彼は準備を怠らず、メジャーアップデートのチャンスを掴み取り、鹿島のレギュラーの座を手中に収めた。
伊藤翔がもしもマイナーアップデートを怠っていた選手ならば、今年のメジャーアップデートは無かったかもしれない。
もちろん伊藤翔のアップデートはこれで終わりではないだろう。これからも少しずつ、しかし確実に、「伊藤翔2.1」「伊藤翔2.2」へとアップデートを繰り返していってほしい。
小笠原満男と内田篤人
最後に、私の好きな2人のサッカー選手のアップデートの話をさせていただきたい。
小笠原満男のアップデート
まずは小笠原満男だ。彼は「3.0」までアップデートした選手だった。
小笠原満男1.0は高卒入団時。そこから攻撃的プレイヤーとして鹿島にタイトルをもたらし、3冠制覇に貢献した。
小笠原満男2.0へのメジャーアップデートはイタリア移籍が契機となった。選手としてもう一つ上のレベルに成長し、鹿島に帰ってきてから圧巻のパフォーマンスを見せた。「チームを勝たせる選手」へのアップデートだった。
そしてキャリア晩年、小笠原満男は「3.0」までアップデートした。「小笠原満男3.0」は、「周りを育てる選手」へのアップデートだった。大迫勇也や昌子源は、「小笠原満男3.0」の背中や戦い方を見て成長した選手たちの代表格だろう。
内田篤人のアップデート
そして内田篤人。内田篤人は現在、「内田篤人3.0」へのアップデートを図ろうとしている真っ最中だ。
内田篤人1.0は高卒ルーキーの「スピードと攻撃性が武器のサイドバック」。
内田篤人2.0はシャルケで不動のレギュラーを勝ち取った「守備でも世界トップレベルと渡り合えるサイドバック」。
そして現在の彼は「1.0」の時代の内田篤人とは全く違う選手になろうとしている。チームメイトを鼓舞し、適切な指示を与え、ロングパス1本で戦局を変え、身体を張ってゴールを守る。
彼の「3.0」へのアップデートも、今年の鹿島の見所だ。
選手のアップデートを見守る面白さ
「サッカー選手のアップデートを見守る面白さ」を、私は提唱していきたい。
選手のマイナーアップデートは、ほんの些細な仕草ひとつ、ほんの些細なプレーひとつから垣間見える。
それはもちろん若い選手に頻繁に訪れるものだが、30歳を過ぎたベテラン選手にも見られる。アップデートに必要な素質は年齢ではない。「成長を諦めるか否か」である。
「あの選手は○○が出来るようになったな」と、成長を見守るのも、サッカー観戦の楽しみのひとつでもある。