今回は、土居聖真について書く。少しばかり厳しい内容になってしまうかもしれないが、今書かないといけない気がするので決意をもって書く。
批判にさらされる土居聖真
最近鹿島アントラーズサポーターの中で、土居聖真に対する批判が多い。私の実感でしかないのだが、相当多いと思う。(あえて批判の言葉を引用する事はしない)
何しろ鹿島はルヴァンカップに敗退して1つタイトルを失っている状況、リーグ戦で優勝を目指すには厳しい立ち位置にいる状況だ。その中でMFとして主力を張っている土居聖真に批判の矛先が向くのは仕方のない事のようにも感じる。
前回書いたブログの「鹿島アントラーズの精神性」という言葉を使うのならば、この状況で「仕方ない、次だよ次!」とはならないのが昔からの鹿島だと思う。「なんで大人しく負けちまうんだよ。そんなプレーでいいのかよ。ふざけんなよ。」と怒り狂っている方が鹿島らしい。そんな厳しいエネルギーを、時にはサポーターから選手に向けてきたのが鹿島だと思う。
土居聖真の話に戻る。
今年、鹿島の中でDFとGKを除いて(Jリーグで)最も出場時間が長い選手は土居聖真である。
彼は鹿島の下部組織出身の選手だし、鹿島でのキャリアが長い中心選手。そして鹿島アントラーズにとって大切な8番という背番号を背負っている。そして攻撃の選手では最も出場時間が長い。
これらの要素が重なり合って、聖真のプレーに物足りなさを感じている人が多いのだと思う。
かく言う私も、かなり物足りないと感じている。
基準となる選手
少しだけ話を脱線する。
サッカーチームには「チームの基準となる選手」がいる。
リヴァプールならジョーダン・ヘンダーソン。アトレティコ・マドリーならコケ。去年までのレアル・マドリーならセルヒオ・ラモス。欧州サッカーの名門を例に取れば枚挙に暇がない。
基本的に「基準となる選手」は、在籍年数が長かったり強烈なキャプテンシーを持っていたりする。
チームに新しく移籍してきた選手たちは「基準となる選手」の動きを必ずチェックする。その基準に自分をアジャストしていかなければ、このチームで自分が生き残れない事を無意識に悟るからだ。
Jリーグでは、川崎は小林悠や家長、マリノスでは喜田がチームの基準となっている事が外から見ても分かる。マリノスに新加入で入った選手がすぐにマリノスらしいプレーができるのは、チームのスタンスと基準がしっかりしているからだろうと思う。
かく言う鹿島も、数年前までは小笠原満男が基準を見せてくれていた。
今の鹿島はどうだろうか。
恐らく鹿島に新しく加わった選手が基準として見る選手は、土居聖真、あるいはキャプテンの三竿健斗のプレーになるだろう。DFでは犬飼智也。彼らはプレー時間が長い(チームに評価されてる)し、聖真に関しては在籍年数もかなり長い。
「彼のプレーがこのチームの基準なんだ」と若手選手や新加入選手たちに思われても何ら不思議ではない。
荒木遼太郎は誰が見ても素晴らしいプレーを続けているが、高卒2年目の彼のプレーが「このチームの基準だ」と思う人は少ないだろう。むしろ荒木遼太郎は今の鹿島では「あいつ若いのに頑張ってるなぁ」という見方をされてしまう。
聖真のプレーとチームの基準
さて核心部分に入る。
私は聖真のプレーがチームの基準となってしまう事(あるいは既になってしまっている事)を危惧している。
名古屋戦の2nd Leg。私は「さすがにこれはマズい」と思ってしまった。
聖真はボールを失った後に動きを止めてしまう。マッチアップする吉田豊は動きを止めない。必然、吉田豊はほんの数秒フリーになるので名古屋の攻撃の糸口となる。
吉田豊はボールを失った後に動きを止めない。マッチアップの聖真は一瞬フリーになるが、吉田豊がすぐに戻ってくるので聖真は前を向けない。
悔しいが吉田は「今日は結構イージーだな」と正直思っていた事だろうと思う。
他にも守備時のボールへの寄せの甘さやプレスバックも気になる点は多かった。(データを見ても、今シーズンの聖真は荒木の1/4しかファウルをしていない。これは守備の苛烈さと相関があるはず。)
これは聖真だけが悪い、という話ではない。むしろ監督のマネジメントや、彼に厳しい要求ができないチームメイトにも問題がある。
このままの状態の聖真に対して、今までのように長いプレータイムを与えているとチームにとって悪い影響が出ると思う(もしかしたら既に出ているかもしれない)。伸び盛りの荒木遼太郎にも良い影響は出ないだろう。
前回のブログで書いたように、鹿島は今、チームに宿る精神性の一本槍で戦おうとしていると思う。
ならばせめて今の聖真のプレーに対しては監督も厳しい評価をしなければならないと思う。精神性で戦おうとしているのに、チームとしてその精神すら表現できないならば何も残らない。
誰が要求するのか
私個人の思いとしては、今の状態ならば鹿島アントラーズは「基準」を荒木や常本のプレーに監督が設定するべきだと思う。はっきりと言葉にしていいし、起用で示していい。年齢やキャリアは関係ない。
彼らくらい夢中で戦わなければ鹿島で出番を掴む事は出来ないよ。というマネジメントがチームには必要だと思う。それを実行していかないと、鹿島は唯一の拠り所である確固たる精神性すら持たないチームに成り下がってしまう。
監督が要求しないなら、サポーターが要求して良いと思う。批判するのではなく、タイトルを目指す仲間として覚悟を持ってチームに要求するのだ。外側から石を投げるのではなく、自分たちも内側だという認識を持って要求するのだ。その厳しさが鹿島を応援する者の矜持だと思う。(だから私は決意を持ってこれを書いている)
聖真はキャリアの岐路に立っていると思う。
このままでは恐らく、鹿島にとっても聖真にとっても良い未来は切り開けないと思う。
簡単な要求ではない事は理解しているが、最後にもう一度書きたい。今年の聖真のプレーは全然足りない。もっとやってくれないと困る。
これは呪いの言葉でもあり、願いの言葉でもある。
戦え、聖真。